「ほんのなはし(仮称)」協力者募集

同人誌『右左見』開業一周年記念号のいち企画として、「ゲスト=話し手」が自由に選んだ一冊を「右左見堂店主=聞き手」に紹介する「ほんのはなし(仮称)」を計画中。

その「ゲスト=話し手」を募集します。

日時は応相談。店主が買取出張でもない限りは店舗営業中如何を問わず対談可能です。対談時間は1015分。場所は録音の都合などもあり右左見堂店内が望ましいですが、都内であればこちらから出向くこともできます。また、何点か技術的な問題を解決できれば、skype通話等での対談も可能かもしれません。

単なる「あらすじ紹介」に終始せず、ゲスト=話し手独自の切り口や思い入れを語って頂けたらと思っています。

 

以下は盟友・ゆるぎ君との対談を実際に原稿に起こしたパイロット版です。雰囲気を掴む上での参考にして下さい。

 

パイロット版はいきなり「共通の知合いによる同人誌」というかなり特殊な例になってしまっていますが、「思い入れがあって」「楽しく語れる」なら、どんな本をどんな切り口で語って頂いても結構です。右左見はうるさくない程度に合いの手を入れたり質問したりします。また、見開き2ページほどの分量になるよう、適度に編集したり要約したりすることもありますのでご了承下さい。

 

 

ほんのはなし(仮称) パイロット版

 

 

 

話し手:萬木 俊哉  聞き手:右左見 中道

紹介された本:詠村岬『GIRL’S SPACE

(ねここねこねこみみ,2011

「俺が紹介したいのは、これなんだけど……」

 と、萬木が鞄から取り出したのは薄い中綴じの同人誌であった。

「しかも、詠村さんのやつ」

 なぜ萬木が控えめに言い出したかというと、既にこの時点で今回の対談がある特殊な構造にならざるを得ないことが決定したからであった。その「特殊な構造」とは、第一に語られる対象が手製本による同人誌であり公刊された出版物ではないという点。そして第二に、著者である詠村岬とはかつて大学の文芸サークル「筑波文学の会(つくぶん)」において萬木と僕(今回の話し手と聞き手)の同期生すなわち同人であり、かなり近しい仲の人物である、という点。(単なる「身内語り」ではない、冷静な対談にできるだろうか……)という僕の危惧を余所に、萬木は興奮気味に口火を切った。

「俺ね、これを読んで、詠村さんの成長ぶりにビックリしたのよ。彼女、大学卒業後はしばらく二次創作モノばかり書いてて、それは読んでなかったんだけど。久しぶりにオリジナルの創作を出したんだな、と思って読んでみたら、これが巧くって、凄く面白くてさあ」

 やはりなかなかの思い入れである。ではまず、どんなお話なの?

「三本の短編連作で、共通するモチーフとして軌道エレベータが通った、宇宙空間へ伸びる塔が出てくるのね。これは当時開業を間近に控えていたスカイツリーから着想したみたい。そういう意味でSFなんだけど、テーマとしては「少女・百合(女性どうしの恋愛)」ということらしい。ただ、ジャンル小説としての即物的な「百合っぽさ」みたいなものは控えめだね。むしろ、青春のごく一時期の女の子同士のキラキラした友情というか……そして、それを喪失するっていう話になってるんだよ。そんなキラキラした瞬間は永遠ではありえないし、二度と戻ってこないんだ、って。そういうものを、SF的設定に絡めながら、真に迫って・実感を伴って書けるようになったんだなあ、って。まあ、上から目線みたいになっちゃうけどさ」

 僕もつくぶん同人として、詠村が「少女」そして「少女性の喪失」をテーマに創作に取り組んできたのを見ているし、時にもがき、あるいは迷走しかかった時期があることも知っている。そのような経緯を知る者として、彼女の「到達点」を共に言祝ぎたい気持ちになった。ただ、これだけではまだどんなストーリーなのかよく分からないし、また「SF者」としては背景の設定なども気になる。もう少し、SF的なディテールなど……と水を向けてみた。

「軌道エレベータが共通のモチーフっていう話はさっきしたけど、そこがある種の異界への窓口になっていて、宇宙生物とのコンタクトがあるわけ。で、その宇宙生物はキラキラした少女時代=ノスタルジーの象徴みたいな形を取って現れて、ヒロイン達の手を引こうとするんだよね。この連作は世界観を共有しつつ独立してて、それぞれ宇宙生物を目撃しちゃう、引き込まれちゃう、いろいろあるんだけど……最後は「拒絶」する。三本を読み進めるに従って時代も下っていく(未来に向かっていく)んだけど、一本目がほぼ現代劇で身近な風景から始まるから、自然に没入していけるんだよね」

 なるほど、時間軸という観点からも、宇宙生物=少女性への郷愁への態度という観点からも、ある指向性のもとに三本の短編が配され、連作としての形式を巧く活かし、ひとつの作品として高レベルで纏められているようだ。

 ただやはり、ここまで内容を掘り下げても尚、この対談の「特殊な構造」ゆえの問題を払拭できた訳ではない。すなわち「とは言え、これは仲間内の贔屓目なのではないか?公刊された小説を消費し慣れた一般の読者の鑑賞に堪えるものだろうか?」という懸念。これに対し萬木は

「同人界隈ではかなり良い線いっている。と、思う」

 と答えつつ、僕の懸念を先回りして言った。

「どう客観的に見ようとしたって、詠村さんが俺達の同人だった、という事実を完全に抜きにして語ることはできないよ。その上で俺は、彼女の成長幅に感心した。この小説は、元ワナビー(小説家志望者)である俺に対して彼女が突き付けた『成長譚』でもあるワケよ。とにかくコツコツ書き続けて、やっと辿り着いた境地というかね。身につまされるよなあ。もちろん一般の読み物としても高水準だと確信してるけど、同時に飽く迄も作者と読者の距離の近い『同人誌』で、成長とか変化をナマで感じられる。これこそ同人活動の魅力で、本屋で買える本では得られない読書体験だと思うな」

 (ほぼ)公刊されている書物ばかり扱う古本屋として、開眼させられる思いであった。出版社から出されたものばかりが本ではない。同人作家が魂を込めて書いた作品が「誰かにとっての特別」であることは美しいことだ。そしてそこから、世界に羽ばたく才能が開花することだってありうるのだ。思えば文豪と呼ばれる人々も同人から身を立てた者が多くいたではないか。

 

 今回の対談で、自らの古本屋の開業一周年で図らずも同人誌(文集?)を編むことになった僕は大いに励まされ、さらにかつてのワナビー心にちょっと火が付いたのであった。