古本屋店主による「趣味論」

 

本稿は「右左見」同人による同人誌『右左見』創刊第二号に掲載される予定の論説の冒頭部分です。第二号の特集テーマは「趣味」であり、ある意味 当該号全体の「基調演説」となっています。

全文は『右左見』第2号 本誌でお読み頂けます。

 

 

1.ふたつの「趣味」

 

 同人誌『右左見』第二号のテーマは、「趣味」と設定した。わが同人は「古本屋に集う人々の文芸集団」であり、各々が「どういう」趣味を持っているかは兎も角として、少なくとも皆「趣味人である」ということは共通すると思ったからである。それぞれの「趣味」について伸び伸びと書いてくれれば、皆の個性が現れたよい本になると信ずる。

 ところで、わが国語の「趣味」という語には二種の意味合いがあるように思う。第一に、「私の趣味は切手収集です」というような場合。これは「余暇の遊びとして、切手を探し・集め・分類し・ストックブックに収める、という一連の行動をすることを好む」という意味であり、この「趣味」を英訳するなら hobby” となるだろう。第二として、「少女趣味」「成金趣味」のような場合。この二つはいずれも複合名詞として「少女らしい/キンキラキンな、デザインや演出 あるいは『思想』を好む傾向」を意味する。こちらを英訳するなら taste” となるだろう。

 もちろん、このふたつの「趣味」を厳密に区分することができる、と言っているわけではない。先に挙げた「切手収集」の例で言えば、そのデザイン性や「郵便システムという思想」を選好している、とすればそれは「趣味【テイスト】」に裏打ちされた「趣味【ホビー】」ということになるだろう。「郵趣」という語にはそのくらい深い意味が込められているように思う。あるいは「少女趣味」を持った人も、その少女的な趣味【テイスト】の発露あるいは表現として、花柄やレースのあしらわれた服や小物を集め・着るという趣味【ホビー】に結実しがちである、という現実はあるだろう。但し、当誌の特集としての「趣味」は便宜上、「余暇の遊び=ホビー」ではなく、「選好の傾向=テイスト」に限定しておきたいと思う。そちらのほうがより思想的・内面的で、文藝同人誌に相応しいと思ったからである。

 

 

2.「趣味」とはそもそも「良くあるべきもの」?

 

 さて、本稿で扱う「趣味」を「選好の傾向=テイスト」に(便宜上)限定したところで、その内実について考究していこうと思う。

 世の中には、いろいろな「趣味」があるもので、先に挙げた「少女趣味」「成金趣味」に加え、西洋趣味(オクシデンタリズム)、東洋趣味(オリエンタリズム)、ジャポネズリ(日本趣味)、シノワズリ(中国趣味)、ロココ趣味、江戸情趣、レトロ趣味、衒学(韜晦)趣味、変態趣味、猟奇趣味、軍国趣味やら共産趣味まで……最後の二つは近年流行しつつある造語だが、そういうものを含めるならまさに無数と言える。どんなテイストであったとしても「〇〇趣味」として一党派を形成する以上は一定のファンがあるものであり、いくつかの趣味を掛け持ちする人もあるだろう。本来、自分がどのような「趣味」を標榜するか、あるいはいくつ掛け持ちするか、など全く自由であるはずのものである。どの趣味が偉いとか卑しいとか、高級とか低級とか、という差別もあるべきではない。

 しかし、わが国語に「悪趣味」という語が厳として存在するのもまた事実である。英語にも bad taste という言い方がある。敢えて「悪」というネガティヴな接頭辞を冠して「悪趣味」を指すということは、そも「趣味」という語は言外に「良い趣味」というニュアンスを含む言葉なのか?この問いには「ある程度、是」と答えざるを得ない。「趣味」という語は「趣き」「味わい」という高雅な二字の連なりであるし、tasty とは「美味」のことである。しかし、美食の世界においても「珍味」と「ゲテモノ食い」の境界は案外あいまいであるように、「趣味の良し悪し」もまた判別しづらいものである。象徴的な例としては、人物や動植物の縮尺を無視した曲線的な文様を美術史において「グロテスク様式」と呼び、それが転じて今日においては「奇怪・異様・不気味」を意味する口語「グロテスク」として流通していることが思い当たる。とすれば、(多少乱暴な言い方かもしれないが)バチカン宮殿における「ラファエロの部屋」の回廊と、70~80年代の血みどろブームのホラー映画は、同じ名の様式による、同じくらい「良い趣味」と言えるかもしれない。

 屁理屈めいた議論になってしまったが、僕がここで述べておきたいのは、一般的にある程度は「趣味が良い⇔ 悪趣味」という言い方はできるかもしれないが、その貴賤は誰にも決められないし、また決めるべきでもない、ということである。

 

3.古本屋の書棚には、「悪趣味」な本が多い

 

 ここまで一般的な「趣味論」を述べてきた。ここから先は、私の「古本屋店主」としての「趣味」の捉え方、「趣味」との付き合い方について述べていきたい。……

 

以下、当該号の発売を待て!